スリランカの世界遺産 | 株式会社セレンディピティ倶楽部

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スリランカの世界遺産

スリランカは、北海道の8割という国土に6つの文化遺産と2つの自然遺産の計8つの世界遺産が点在する観光資源に大変恵まれた国です。特に内陸部には、「文化三角地帯(Cultural Triangle)」とよばれる5つの世界遺産が集まっているエリアがあります。また海のシルクロードとして栄えた南西海岸の南部に位置するエリアには、要塞都市ゴール、熱帯雨林の宝庫であるシンハラージャ森林保護区という2つの世界遺産があります。2010年7月には「スリランカ中央高地」が8番目の世界遺産として指定を受けました。

聖地アヌラーダプラ ~Sacred City of Anuradhapura~

anu2.JPGアヌラーダプラは、スリランカの内陸部にある文化三角地帯の最北の一角を成す大遺跡群です。その歴史は今から約2500年前に遡り、スリランカ最古の都市・シンハラ王朝の都がここに築かれました。その後、このアヌラーダプラは約1400年に渡り、政治と仏教の中心として繁栄しました。
紀元前4世紀にインドからスリランカに伝来した仏教は、国を治める上での最重要事業として、古くから積極的に国づくりの中に取り入れられていました。ここアヌラーダブラでも歴代の王たちによって数多くの寺院・精舎・仏塔などの仏教遺跡が建てられ、その名残りを今なお街のあちこちで見学することができます。また、アヌラーダブラには、多くの人工湖や人工池も造られています。これらは農業用水や生活用水として使用されたもので、湖には歴代の王たちの名前がつけられています。「水を治めるもの、天下を治める」という言葉の通り、治水事業も仏教同様、国づくりを行う上での主要施策の一つになっていたことが伺えます。

古都ポロンナルワ ~Ancient City of Polonnaruwa~

polo:宮殿跡1.JPGポロンナルワは、スリランカ文化三角地帯の最東の一角をなす大遺跡群の拠点で、10世紀にインドのチョーラ王朝の侵略により、アヌラーダプラから追われたシンハラ王朝がこの地に2番目の都を築いたことから、10~12世紀にかけて栄えた都です。
ポロンナルワの首都の構築に尽力し、スリランカの歴史上の名君として今なお人々から尊敬されているパラークラマ・バーフ1世は、特に灌漑設備の充実に努め、国の東部地域における乾季での農耕を可能にしました。彼の統治時代に、農耕と防衛の両方の目的で都の周囲に建設されたパラークラマ・サムドゥラと呼ばれる巨大な灌漑用貯水池のおかげで、このエリアでは自給自足が可能となり、都としての黄金時代を迎えたとされています。
古都ポロンナルワは、スリランカ国内でも比較的当時の史跡が維持されている街として重要な場所となっているほか、スリランカ一清潔で美しい町として知られています。

古都シギリヤ ~Ancient City of Sigiriya~

sigi.JPGシギリヤは、スリランカ文化三角地帯の中心にあたるダンブッラとハバラナ間にあるイナマルワ・ジャンクションを、東へ10キロメートルほど入ったところにある巨大な岩山が隆起したできた場所で、5世紀に都が置かれていいたとされる「幻の空中宮殿跡」です。緑豊かな平原の中に突然現れる何とも不思議な形をした奇岩シギリア・ロックの誕生は、約一万年前の中石器時代に遡ります。ここは現在、スリランカ一の観光名所といわれる世界遺産です。岩山の中腹には、「シギリア・レディ」と呼ばれるフレスコ画の美女たちが描かれており、現在も妖艶な微笑みを浮かべながら訪問客を迎えてくれます。このシギリア・レディの壁画については様々な学説があり、スリランカにある唯一の非宗教的な壁画と知られています。また、フレスコ画のちょうど真下に位置する場所に「ミラー・ウォール(鏡の回廊)」と呼ばれる壁があり、ここにはカーシャパの悲劇の物語の叙事詩や初期の訪問者による詩などが彫り綴られています。

~憎しみと後悔の念が生んだ「幻の空中宮殿」物語~
当時、シギリヤ一帯を統治していたのは、アヌラーダプラのダートゥセーナ王には二人の王子がいました。長男のカーシャパ王は、母が身分の低い階級の生まれで第二夫人から生まれた王子でした。一方、次男のモッガラーナ王は、貴族の出身で第一夫人の母をもつ王子でした。自分の生い立ちから、弟のモッガラーナに王位を奪われことを恐れたカーシャパは、父である王を幽閉し、王位を剥奪します。さらに、カーシャパは王家の財産をも奪うため、王にその場所を問いただしたところ、王はカーシャパを灌漑貯水池に連れて行き、「この国の民の生活を守り支える灌漑貯水池が私の一番の財産だ」と答えました。この答えに激怒したカーシャパは、実の父である王を生き埋めにして殺害したといわれています。弟のモッガラーナは、兄からの刺客を恐れ身を守るためにインドへ亡命します。しかしながら王位についた後のカーシャパは、今度は逆に弟からの復讐を恐れ、7年間もの歳月をかけて海抜約200メートルの高さのシギリア・ロックの上に要塞宮殿を建設します。そしてカーシャパは、11年間に渡り、この岩山に王座を置き、身を隠しながら時を過ごしました。その後、南インドからの援軍を従えて戻ってきたモッガラーナがシギリヤを攻め、最終的にカーシャバは自ら短刀で喉をかき切り、自害したといわれています。このように、王位継承争いの悲劇の舞台となったシギリア・ロックですが、まるで空間に浮かんでいるような場所に建設された王宮、南アジアでも最も古い時期に建設された素晴らしい水の庭園、要塞を含めた制度の高い建築と、建築と土木工学のレベルの高さを誇る宮殿としての価値が近年評価を受け、ますます観光地としての人気を高めています。

聖地キャンディ ~Sacred City of Kandy~

仏歯寺の外観1(C)SDC2011.JPGキャンディは、スリランカ文化三角地帯の最南に位置するシンハラ王朝最後の都で、16世紀末から19世紀初頭までの300年に渡り、首都として栄えた地です。
ここには、王権の象徴である仏歯を祀る仏歯寺が建立され、今なお仏教徒の篤い信仰を集めています。この仏歯は、紀元前543年にインドで仏陀を火葬した際に手に入れたものといわれ、4世紀にスリランカへ持ち込まれアヌラーダプラに奉納されました。その後、仏歯は歴代政権のシンボルとして遷都と共に移動を重ね、最終的にキャンディに奉納されました。現在のキャンディの人口は約11万人で、スリランカ中部の最大の都市であるとともに地域経済の中心地でもあります。
一方、古い伝統を守り続ける人々の暮らしと点在する遺跡や古い町並みが、都会とは異なる「古都」としての雰囲気を醸し出しています。またキャンディは毎年7-8月に催されるスリランカ一人気のある祭りペラヘラ祭の開催地でもあり、10日間の祭りの開催期間中は華やかに彩られた行列が街を練り歩き、国内外から訪れる人々で大変な賑わいをみせます。

ゴール旧市街とその要塞群 ~Old Town of Galle and its Fortifications~

ゴール.jpgゴールは、コロンボから南に116キロメートルの距離にあり、古くから港町として栄えたスリランカ南部最大の町です。その歴史は、大航海時代の諸外国からの植民地支配の影響を抜きには語れません。14世紀にはムーア人(アラブ人) が東方貿易の拠点としてこの地で勢力を振います。その後16世紀になると、ポルトガル人が当時世界の二カ国でしか生産されていなかったシナモンの貿易を求めてスリランカを訪れ、ここゴールの半島に最初の要塞を建設します。その支配勢力が徐々にオランダに変わるとともに、オランダはポルトガル人が建設した城塞をさらに補強し、現在のゴール旧市街の原型が造られました。このゴールの城塞には二つの出入り口がありますが、その内の一つに「VOC=“Vereenigde Oost–Indische Compagnie(東インド会社)”の紋章が今もなお残されています。また、旧市街を歩くと、そこは城砦の外側とは異なるヨーロッパの異国情緒を感じることができます。現在、旧市街は当時の建物を改築して造られたラクジュアリーホテルや洗練されたギャラリー、ショップなどが点在しており、スリランカ南部の観光の拠点となっています。
一方、ゴール・フォートから一端外に出ると、そこにはスリランカ庶民の生活文化に触れることができる新市街が広がります。ここは、南部の交通拠点でもあり、一日中人で賑わう鉄道駅とバスターミナルがあります。その横には、ゴール・マーケットがあり、港で揚がった新鮮な魚や各地から運ばれてきた野菜、生活雑貨がところ狭しと並べられ、庶民のパワーを感じる場所となっています。そのほか、ゴールの伝統工芸として、レース編みや黒檀の彫刻、宝石を磨く研磨技術なども有名です。

ダンブッラの黄金寺院 ~Golden Temple of Dambulla~

Dambulla-0.jpgダンブッラは、スリランカ文化三角地帯の中央に位置する町で、「黄金寺院」と呼ばれるスリランカ最大の石窟寺院があることで有名です。この寺院は、紀元前1世紀にタミール軍の侵略によって追放されたワラガムバーフ王により建てられました。当時、王はここに身を隠しながら王権奪回の機会を狙っていて、その後、王位に返り咲いた際、感謝の気持ちをこめてこの寺院を建てたといわれています。
寺院は平原の真ん中に聳える幅150メートルを超える黒褐色の巨大な岩山の中腹にあります。上ると、周囲のジャングルの素晴らしい風景を一望することができます。そこからさらに100メートルほど上がると、ワラガムバーフ王が建立した壁画と仏像に彩られた5つの石窟寺院へと続きます。ここには、シンハラ王朝時代の紀元前1世紀頃から、以後何世紀もの間増改築を重ねた無数の仏像が彫られており、仏像の多くが金箔で覆われていることから黄金寺院という名がつきました。これらの仏像は、タミール軍勢力との抗争の勝利を記念して作られたと伝えられています。5つある洞窟のうち、最古の第4窟にはブッダが涅槃の境地に入った涅槃仏が、また最大の第2窟には50数体の仏像やシンハラ族とタミール族との約千年にもわたる抗争を描いた極彩色のフレスコ画がありますが、なかでも、第1窟の長さ約14メートルの横臥仏陀像は有名です。現在もユネスコによって石窟の修復が続けられています。なお、ダンブッラは、古くから信仰心が篤い仏教徒の巡礼地としても知られています。

シンハラージャ森林保護区 ~Sinhalaja Forest Reserve~

シンハラ(2).JPG東西21km、南北3.7Kmの熱帯雨林が広がるエリア「シンハラージャ森林保護区」は、トロピカルな気候が生み出す自然の産物が楽しめます。特に野鳥、植物、蝶などの昆虫の観察に適した場所として各種の専門家から一般の観光客が訪れる観光のスポットにもなっています。さまざまなトレッキングコースが設けられ、各自のレベルにあわせて熱帯雨林を楽しむことができます。(トロピカル気候でヒルがいるため、ヒルよけのソックスまたはストッキングの二重履きなどをお忘れなく!)

スリランカの中央高地 ~Central Highlands of Sri Lanka~

スリランカで最近登録された世界遺産です。この中央高地の見所としては、「ピーク・ワイルダーネス・サンクチュアリ」「ホートン・プレインズ国立公園」「ナックルズ保護地区」などがあります。

DSCN6396.JPGピーク・ワイルダーネス・サンクチュアリ
「聖なる山」として、スリランカ人が一度は訪れたいとされているアダムズ・ピーク(シンハラ語でスリーパーダ)。標高2,238m。






Jetwing Travels(2)ホートン.JPGホートン・プレインズ国立公園
標高2,100m–2,300mにある国立公園。涼しい場所であること、滝があることからスリランカ人に人気のピックニックスポット。トレッキング好きな方は、ワールド・エンドを巡る約3時間のコースがお薦めです。また、高山植物に関する多様な植生がみられる場所としても知られているほか、レパード(ヒョウ)の生息も観測されており、稀少性の高い動植物がみられることが特徴です。


ナックルズ保護地域
ナックルズ森林保護地域は、生態的には湿性森林と乾性森林との境界線地帯にあり、熱帯多雨林の特徴を持つ山地林と乾燥地域の低木林地帯の森林とを同時に観察できる、生態的にも生物多様性の面からも興味深い森林地帯です。地形的には山稜がいくつもつらなり、広大な山岳・森林景観を楽しむことができ、多くの滝があるなどトレッキング、散策に適した地域です。今後は、エコツリーズムの一つの拠点として発展させることが期待されています。